room work

記事一覧(24)

祖母の背中

いつも元気で、鼻歌を歌いながら家事をしていた祖母が82歳の夏に旅立ってしまった。 離れて暮らしていた私が帰省すると、『結婚はまだか?』と毎度迫る祖母でした。 ついに結婚の報告をすると、『よかった、よかった』と、うれしそうに笑う祖母がとても愛おしかった。夫と私が入籍したわずか10日後に祖母は逝きました。生きているうちに入籍できて、本当によかった。 私は形見分けに財布と革製の指抜きを2ついただいた。 10年以上は使っていたであろう年季の入った黒い二つ折の財布には、診察券数枚とスーパーのポイントカードと名刺2枚分程の大きさのメモ紙が入っていた。 メモには12人の名前と電話番号がぎっしりと書かれていた。 携帯電話を持っていなかった祖母は、家族や親類の携帯番号を財布に入れて持ち歩いていたのだ。 それらの名前を見てみると、娘、息子、私の父母、妹、友人など、祖母にとって本当に大切な人(欠くことのできない人々)記されていた。 そこに自分の名前があったことが、とても幸せであたたかい気持ちになった。 私が幼い頃、我が家は人の出入りが激しく、学校から帰れば必ず誰かご近所さんがいたし、盆暮れ正月には親戚中が大集合。 みんな祖母が引き寄せたのだなぁ。祖母は、みんなに愛されていたのだなぁ。 祖母が亡くなってからもう11年。今でも時々無性に会いたくなる時があります。肩を揉んであげるから、話を聞いてよと言いたくなる時があります。 祖母はあまりモノを持たなかったし、むやみにモノを捨てなかった。 モノを大切にしていたけれど、モノに執着はしていなかった。 祖母にとって大切だったのは、モノではなくて人だったのだなと、今になってしみじみと思う。 祖母の背中は遠くに行ってしまったけれど、今でもとびきり大きく見える。

祖母の趣味

旅行のこと 祖母は旅行とカラオケが何よりの楽しみだったのだと思う。 国内旅行は年に1、2度は必ず行っていたし、家にはカラオケの機械があって、よくご近所さん10人くらいで料理を持ち合い、夜遅くまでカラオケ大会をしていた。 私が小学生だった頃、祖母は60代後半だったが、特に旅行の前後は顔からワクワクが溢れていた。 祖母の旅支度はとてもシンプル。小さなボストンバッグを1つとハンドバッグを1つ。旅慣れている人の荷造りは素早い! イギリスにこんな格言がある。『貧しい旅行者とは、荷物をたくさん抱えている人のことをいう。』荷物が多いと旅行そのものが楽しめないというような意味で、人生にも同じことが言えるというわけである。 今になって思うことだが、祖母は『豊かな旅行者』だった。 生きていることがとても楽しそうだった。新しいことが好きで、好奇心旺盛な人だった。 サッカーワールドカップのフランス大会の時は、家族が全員寝静まっている中、電気も点けず1人試合観戦をしていた。(トイレに起きたので気付いた。)祖母がサッカーに興味があるなんて知らなかった私は本当に驚いた! それから、祖母の甥がタイ人と結婚することになり、タイでの披露宴に呼ばれ勇み足で海外旅行に行ったこと。当時、70歳オーバー! 海外旅行に味を占め、翌年は中国旅行へ。とにかく楽しく旅の思い出を話してくれて、また中国に行きたい!他の国にも行きたい!なんて(笑)まるで冒険家のような祖母。 祖母の心はいつも、前へ前へと向かっていた。